岩本絹子と吉岡一族との関係は?家系図を確認!経歴や評判は女帝?

東京女子医大が夏のボーナスカットにより看護師400名以上が退職を希望しているニュースが報道され注目を集めていたのですが、さらにコロナ禍の中、6億円もかけて理事長室を改修していた事が公になりました。

新型コロナウイルスとの戦いの最前線に立つ医療職のボーナスカットに続き、この様な報道は本当に信じられませんよね。

現在の東京女子医大の理事長は岩本絹子さんと仰るのですが、彼女はどの様な人物なのでしょうか?東京女子医大の理事長・岩本絹子さんについて様々な点を確認してみましょう。


岩本絹子と吉岡一族との関係は?家系図も確認!

岩本絹子さんについて検索すると浮上する「吉岡一族」というキーワード。

実は東京女子医大は一族経営を行っていた病院であり、吉岡一族が創業者です。その為、直近まで創業者一族が理事長を務めており、事実2019年3月末まで吉岡俊正氏がこのポストに座っていたんです。

しかし、2019年4月より、理事長の座は岩本絹子氏へと移っています。

そして岩本絹子氏も姓こそ「吉岡」ではありませんが、吉岡一族の親戚に当たる方のようです。

彼女がどの様な親戚に当たるのか、家系図などを見つける事は出来ませんでしたがYahoo!などの大手メディアサイトにも「創業者一族」という単語が確認出来ましたので、血縁者である事は間違いないでしょう。

岩本氏は、東京・江戸川区の産婦人科クリニックで院長をしていましたが、創業者一族として女子医大の運営に乗り出してきました。

東京女子医大は現在も一族経営が継続している病院という事ですね。


岩本絹子の評判は女帝?経歴は?

続いて岩本絹子氏の評判や経歴を見てみましょう。まずは評判から確認してみたいと思います。

岩本絹子氏の評判を調べてみると「独裁者」「女帝」といった単語が頻出しています。

どうやら彼女はかなり厳しい人物であり書類を投げつけたり、誰も意見を言えない雰囲気を醸し出しているようでワンマンな性格だったのでしょう。

ツイッターなどの投稿を見てみてもあまり評判は良くないようです。

続いて経歴を調べてみましょう。彼女の経歴や学歴はこちらになっています。

岩本絹子の経歴
1973年3月:東京女子医科大学卒業
1973年4月:東京女子医科大学大学院博士課程入学
1973年6月:医師免許取得
1973年4月:東京女子医科大学大学院入学 産婦人科教室入局
1977年3月:東京女子医科大学大学院博士課程修了
1979年5月:葛西中央病院産婦人科 部長
1981年3月:葛西産婦人科 院長
1994年4月:東京女子医科大学産婦人科 非常勤講師
2001年4月:学校法人東京女子医科大学 評議員
2008年1月:学校法人東京女子医科大学 理事
2014年12月:学校法人東京女子医科大学 副理事長
2019年4月:学校法人東京女子医科大学 理事長

吉岡一族の親戚である為か彼女も東京女子医大を卒業し医師となっています。その後は産婦人科医として活躍し、葛西産婦人科の院長を務めた経歴を持っていますね。

東京女子医大には非常勤講師として1994年から再び関わりを持ち始め、その後は評議員、理事。副理事長を務め、去年4月より理事長に就任しています。


岩本絹子についてまとめると

今回は東京女子医大の理事長である岩本絹子氏について見てきました。

新型コロナウイルスの影響で夏のボーナスカットを発表した東京女子医大。この発表と同時期に理事長室を約6億円かけて改修するという報道も発表され、より大きな話題となっています。

新型コロナウイルスと最前線で戦う医療関係者のボーナスをカットしているにも関わらず、多額のお金をかけての理事長室改修には沢山の人が非難していますよね。

結局、ボーナスを払う事を発表した東京女子医大ですが、職員の方達は経営者に不信が残る結果となってしまったのではないでしょうか?

どこも経営が苦しい現在ですが、その最前線で戦っている人にはそれなりの見返りがあってもおかしくはないでしょう。今後、この様な発表が無い事を祈るばかりです。


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